2007年8月25日土曜日

カポエタの”町”


「町」って。。。

言われたときびっくりした。なんもない。
ただっ広い土地に、全壊した建物や、新たに建てられた病院が点在。




SPLAやその支持母体のディンカ族とハルツーム政府の戦闘の前線となった町故、被害が最も大きい町の一つで、現在は町というには商店も何もないようなところですが、依然は大きな町だったようです。

全壊しているものの、建物の痕跡を残している建築物は、19世紀初頭(?不確か)にエジプトに植民地支配されていた際、エジプト人が建立した元教会など。


「町」周辺に居住しているタポサ族は、戦闘の被害をほとんどうけていないらしい。戦闘中は、山中やbushの奥へ奥へと避難し、伝統的生活を維持し暮らしていたという。

紛争が終結した現在、彼らは町に姿を表すようになったものの、
「町」中心部に居住するディンカ族と暮らしぶりはやっぱり全く違う。



ディンカは我々と同じような服装をまとい、職を探し、ビールを呑み、バーに設置されたTVでサッカー観戦に熱中する。
タポサの人たちは伝統的な衣装に身をまとい、河で水浴びしたり、ヤギやウシを放牧して生計を立てている。

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